ときどき、通常では受信されるはずがない、はるか遠方のテレビ局の電波が受信されたり、地方のFMラジオ局の電波をキャッチできたりすることがある。このようなことが生じたとき、電波伝搬中ではどのような現象が起こっているのか。これには、地球のはるか上空にある"電離層"の存在が関係している。
1.電離層伝搬
1.1.電離層とは
地球の上空70〜500kmあたりの領域を電離層(電離圏)といい、地球全体を取り囲んでいる。
電離層(ionosphere)は、地球大気の領域の一部だが、太陽からの紫外線や]線によって地球大気(酸素や窒素)の分子や原子が電離され、プラズマ状態になった領域である。
電離層は電気伝導度が高い"導体"であり、電波を反射する。長波(LF帯;30k〜300kHz)、中波(MF帯;300k〜3MHz)、短波(HF帯;3M〜30MHz)では電離層が反射体として働き、さらにそれが大地(大地の導電率もまた非常に大きい。)に当たり反射して、電離層→大地→電離層→大地→…というように反射を繰り返し、遠い距離を伝搬していく。なお、この現象は「電離層・大地導波管伝搬」と呼ばれる(図1)。
図1.電離層・大地導波管伝搬
電離層は電子密度の高度分布の形と密度の違いによって、性質の違ういくつかの領域に分かれていて、高度の低いほうから順にD層、E層、F層と名付けられている。
- D層
高度70〜85km以下の領域。一酸化窒素が電離してできている。電子密度は1000〜1万個/cm3ほどだが、太陽放射のなくなる夜は、密度がその1/10くらいに減少し、ほとんど消失する。この領域は電磁波を減衰する作用があり、反射層としてではなく、吸収層として働く。
- E層
高度85〜160kmの領域。酸素分子と窒素分子の電離によって生成される。電子密度は10万個/cm3程度だが、夜は1000個/cm3ほどに減る。
- F層
高度60km以上の領域。主に紫外線によって酸素原子が電離してできたもの。電子密度は10万〜100万個/cm3ほどで、高度200〜300kmの間で最大となる。この領域は、夜間でも他の領域より電子密度の減少が少なく、短波(HF帯)の長距離無線通信は、このF層による反射を利用している。
電離層は、太陽からの紫外線・X線などによって地球の大気分子や原子が電離されてできるのものであるため、太陽光線を直接受ける昼間と夜とでは異なった状態になる。これを「電離層の日変化」という。また、季節によってもその状態は大きく変化する。
1.2.電離層伝搬
電離層による電波の反射は、不均質媒質(inhomogeneous medium)中でのスネルの法則(Snell's law)によるものである。
電離層は、地上高zによってその誘電率が変化する不均質媒質である。誘電率ε*(z)の変化は図2に示すように、zが増すにつれて減少し、ある点で最小値をとり、ふたたび増大する。
一方、不均質媒質中のスネルの法則
より、ε*(z)が減少する範囲では、zの増加とともに、屈折角θ(z)は大きくなり、θ(z)=π/2となる点で全反射される。即ち、このときsinθ(z)が最大となるので、ε*(z)が最小となる高度まで浸入したとき電波は全反射され、放物線を描きながら伝搬する。
図2.電離層へ入射する電波と電離層中の誘電率分布ε*(z)
1.3.各周波数に対する電波伝搬
また、ε*(z)は周波数によっても大きく変化する。
- 長波(LF帯;30k〜300kHz)
長波が電離層に入射すると、周波数が低いのでE層下面で全反射される。電離層で反射された電波は大地に当たり、図1の電離層・大地導波管伝搬の原理で地球の裏側まで伝搬する。長波は昼間でも、減衰されるところまで侵入する前に反射されるので、ロスが小さい。
- 中波(MF帯;300k〜3MHz)
昼は太陽光が強いので、100km以下の高度にD層ができる。中波でも、このD層はなんとか通過するはずなのだが、高度が低いと大気密度が高いために、大気分子と盛んにぶつかって減衰し、吸収されてしまう。
一方、夜になると太陽光線がなくなるので、D層自体が消滅し、中波でもF層まで到達し、中波のように波長の長い電波でも反射される。
こんな経験ありませんか?
AMラジオの電波は、昼間だとD層で減衰してしまい、直接波のみの受信となるため、近距離の放送局のものしか受信できないが、夜なら吸収層が消滅し、反射層であるF層まですんなり届くので、昼間は聞こえない遠い地方局の放送が聞こえるようになる。
- 短波(HF帯;3M〜30MHz)
短波くらい周波数が高ければロスも小さく、D層は簡単に通過し、F層まで到達して反射される。そして、電離層と大地の間で全反射と完全反射を繰り返して、遠方まで伝搬する。
- 超短波(VHF;30M〜300MHz)、極超短波(UHF;300M〜3GHz)、マイクロ波(SHF;3G〜30GHz)
これらの周波数帯になると、電離層は反射体にならず、F層も透過して突き抜けてしまう。従って、通信の手段としては直接波のみを使うことになる。また、高周波数で直進性が高いため、回折の効果は期待できず、山陰やビルの谷間などでは受信障害が出やすくなる。さらに、地球は丸いために、見通し内距離内での通信になり、遠距離通信には適さない。
しかし、周波数帯の高い電波ほどコーディング(暗号化)しやすく多くの情報を伝達することができる(だからAMラジオよりFMラジオの方が音質がよい。)ため、FMラジオやキー局のテレビ(VHF帯)、地方のネットワーク局(UHF帯)、衛星放送(SHF帯)などの電波として広く用いられている。
図3.昼の電離層反射
図4.夜の電離層反射
2.研究目的
ここまではあくまでも、電離層伝搬に関する一般的な話であったが、電離層は太陽からの紫外線や]線によって大気中の分子や原子が電離されることにより形成されているので、時間や季節、太陽活動のサイクル等の影響によって、その状態は全く変わる。その結果、電離層を突き抜けるはずの超短波(VHF帯)が電離層で反射されたり、逆に、短波(HF帯)が電離層を突き抜けてしまったりすることもある。
そこで本研究では、電波伝搬の自動計測システムを構築し、受信電波を24時間・365日体制で監視することにより、このような異常伝搬を検出し、電離層の状態がどのように変化しているのか、その振舞いを観測できるようにするのが目的である。